妻が入院した。もしスマホが開けなかったら?――我が家で考えたデジタル遺産
行政書士・土地家屋調査士の佐藤です。
妻が腎生検のため、入院することになった時の話になります。
腎生検は、腎臓の組織を採取して詳しく調べる検査です。
もちろん医療機関では十分な安全管理のもとで行われるますが、腎臓は血流の多い臓器でもあり、検査後の出血などのリスクがまったくないわけではありません。
だからといって、妻が必要以上に怖がっていたわけでも無く、元看護師の妻は実に淡々としていました。
むしろ入院前、妻が淡々と始めたのは、少し意外な準備でした。
「もし何かあった時のために、これだけは分かるようにしておくから」
スマートフォンやパソコンのことでした。
家族でも、パスワードを知らなければ開けない
今の生活には、驚くほど多くの情報がデジタル化されている。
スマートフォン、パソコン、メール、各種インターネットサービス、サブスクリプション、クラウドサービスなど。
本人が元気なうちは何の問題もありません。
しかし、本人が突然それらを操作できなくなったらどうなるだろう。
家族だからといって、スマートフォンのロックが解除できるわけではない。
契約しているサービスのIDやパスワードが自動的に分かるわけでもない。
毎月、あるいは毎年引き落とされているサブスクリプションについて、残された家族が存在すら知らない可能性もある。
そこで妻は、入院前に自分のデジタル情報を整理していたのです。
妻が残していった「もしものための情報」
妻は、スマートフォンやパソコンで利用しているサービスについて、必要な情報を整理しました。
ただし、すべてのパスワードを無造作に紙へ書いて置いておくわけではありません。
スマートフォンにはパスワード管理アプリを入れてあり、さまざまなIDやパスワードはそこで管理しています。
問題は、そのパスワード管理アプリ自体を開くための情報です。
そこで、
- スマートフォンやパソコンをどう管理しているのか
- 利用している主なサブスクリプション
- IDやパスワードをどこで管理しているのか
- パスワード管理アプリを開くために必要な情報
- それらを記録した手帳をどこに保管しているのか
といった「入口」を、家族がたどれるようにしていました。
さらに妻は、IT関係に詳しい次男にも詳しい内容を伝えておいたのです。
私だけでは分からないことがあっても、
「困ったら次男に聞けば分かる」
という状態を作ってから入院したのでした。
デジタル遺産は「亡くなった後」だけの問題ではない
「デジタル遺産」という言葉から、亡くなった後の相続を思い浮かべる人は多いでしょう。
しかし今回、妻の入院を経験して感じたのは、それだけではないということでした。
事故や病気で意識を失うこともある。
長期間入院して、自分でスマートフォンを操作できなくなることもある。
認知症などによって、本人がパスワードを思い出せなくなる可能性もある。
つまり必要なのは、
「亡くなった時のための準備」ではなく、「自分で管理できなくなった時のための準備」
なのかもしれません。
これは年齢だけの問題でもありません。
若い人でもスマートフォン一台の中に、銀行、証券、決済、写真、メール、SNS、サブスクリプションなど、生活そのものと言っていいほどの情報を持っていいます。
パスワードを書き残せばいい、という話でもない
一方で、ここには難しい問題もあります。
セキュリティです。
「家族が困らないように」と、すべてのIDとパスワードを書いた紙を誰でも見られる場所に置いてしまえば、それは別の危険を生むのです。
大切なのは、
「何を契約しているのか」
「情報はどこにあるのか」
「もしもの時、誰に聞けば分かるのか」
という道筋を作っておくことでしょう。
我が家の場合は、妻自身が情報を整理し、保管場所を決め、さらにITに詳しい次男にも伝えるという方法を取りました。
家族構成や利用しているサービスによって、適切な方法は当然変わります。
しかし「本人しか分からない」という状態だけは、できるだけ避けておいた方がいいのです。
相続するのは土地や預金だけではない時代
相続というと、不動産、預貯金、株式などが真っ先に思い浮かぶものです。
しかし現在では、その周辺に大量のデジタル情報が存在しています。
ネット銀行やネット証券を使っている人もいます。
有料サービスの契約がスマートフォンの中にしか残っていない人もいます。
家族との大切な写真がクラウド上にしかないこともあります。
場合によっては、家族がその存在そのものを知りません。
資産があるのに見つけられないのです。
契約を解除したいのにログインできない。
大切な写真を残したいのにアクセスできない。
そんな問題が、これからますます増えていくのではないでしょうか。
妻の腎生検は、幸い大きな問題もなく終わりました。
入院前に準備した手帳を、私が使う必要もありませんでした。
それが一番です。
しかし、使わずに済んだからといって、準備が無駄だったとは思いません。
むしろ何も起きていない今だからこそ、整理できる。
「もし明日、自分のスマートフォンを自分で開けなくなったら、家族は困らないだろうか」
デジタル終活の最初の一歩は、その問いから始めてもいいのかもしれません。


